忘れものしてすいません事件

 中学2年生の頃、担任の先生は女の先生だった。

 学校で忘れ物をするとその都度注意を受けるのはよくある話であるが、その先生のやり方は変わっていた。1年間を通じてずっとそうであったわけではないが、ある時にその先生はこう言い出した。

 「忘れ物をした人は、1つ忘れる度に忘れ物をしたことの謝罪文を100回書いて、その日のうちに先生まで見せにくるように。」

 つまり、2個忘れた場合は200回、3つ忘れた場合は300回書くのである。なんだそれぐらい大したことないなと思っていた。

 そして私も忘れ物をする。

 さあ100回書けばいいんだろってばかりに放課後書き始める。すると不思議な感覚に襲われるのである。「忘れ物をしてどうもすいません。忘れ物をして・・・・」どうして「忘れ物」は「忘れ物」と言うのだろう、「す」ってなんでこんな形なんだろう。「ど」って何で「ど」なの等々、この感覚はぜひこれを読んでいる人にも試して頂きたいところであるが、100回同じことを早く書こうとすると、ノートに縦に「す」なら「す」を100回書けばいいのである。そうするとこのような不思議な感覚になってくる。

 何度か忘れ物をするうちに知恵がついてくる。「忘れ物をしてどうもすいません。」と書くより「物」を「もの」。「どうもすいません。」を「すいません。」と書くと、より画数が減る。「。」も書くのをやめた。最終的には「わすれものしてすいません」と書いていたように思う。

 そのうちこの制度は無くなった。今の時代ならその理不尽さに保護者が文句を言いそうな制度である。

 日本語の不思議を感じ取るにはいいトレーニングとなったかもしれない。